真面目な印象が強いクラシック音楽にも、
実は不真面目な「冗談」が扱われることもしばしば。
古典的な作品ならば、モーツァルトの「音楽の冗談」が真っ先に思い浮かびます。
この作品について、なかなか詳しい論文が見つかりましたので、以下に貼り付けておきます。
この作品、18世紀の社会ならば、聞いてみんな笑い転げていたのかもしれませんが、
現在の社会で、果たしてこの作品の「冗談」は通じるのか、私は疑問を抱いていました。
私自身はこの作品を知った時は笑い転げていましたけど、
この作品を音楽教員になったばかりの時に鑑賞教材に取り上げたら、
生徒たちはまったくこの作品の「冗談」に気が付かなかったのでした。
第2楽章でホルンがわざと音を外した部分は
「え、間違ってるんですか、気が付かなかったですけど」
第3楽章で独奏ヴァイオリンがカデンツァで最後滅茶苦茶になってPizzicatoで終わるところなんて
「きれいですよねえ」
第4楽章のラストはもう滅茶苦茶に終わっているのに、
「別に違和感ないですけども」
まあ、あの時の私のアプローチがダメだったのですから、仕方がないのですけれども、
ひょっとしたら、現代の私たちの耳では、モーツァルトが書いた「冗談」はわからないのかもしれません。
演奏者もこの作品を取り上げて、さあお客さんに笑ってもらおうと思っても、
お客さんは笑わないとか、
あるいはちょっとした演技を入れても、ウケなかったみたいな寒い光景を出してしまったとか、
そんな悲しい光景を見たことがあるので、
実はこの作品を演奏することには、多大なる勇気と、白けてしまうさむ~い光景を覚悟しないといけない、別の難しさがあるような。
そして、私はまだこの作品を演奏したことがありません。
ところがですよ、こんな演奏があったのですよ。
以下は昨年の9月にあった公演レポートの記事。
これ、気になっていたのですよ。
そして、この演目が今年の大阪クラシック2023でも同じメンバーで取り上げるということを知りまして、
今月の13日に見に行ってきました。
なるほどねえ、落語と演奏を上手くコラボレーションしたら、面白くなるんだ!
そしたら、演奏者もいろいろと演技をしたり、作品を意図的に改造しても、面白さは増すばかり。
自分自身の研究のために行ってきたのですけれども、
気が付いたら、演目の楽しさに一気に沼にはまっていました。
お客さんは凄い数で立ち見の人で溢れていたのですけれども(私はかろうじて座れました)
55分間立ち見でも十分楽しめる、そんな内容でした。
終演後に思いました。
「このアプローチだ!」
この作品を楽しく演奏して、お客さんも笑ってくれる、
これがこの作品の新しい楽しみ方なのかもしれません。
こういった企画、案外天国のモーツァルトさんは喜んでくれているかもしれませんねえ。